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吳一島先生の切ない情緒が伝わる柿の木の村

甘川村

  • 甘川村の風景
  • 甘川コノテガシワ樹林

おいしい泉が湧き出て、柿の木が多くて「甘川」と呼ばれている。 楽安呉氏らが400年余りを生きてきた集成村であり、抗日詩人・吳一島(オ イルト、1901〜1946)が生まれ育ったところである。
吳一島詩人は1931年を前後に登壇した以来、最初の詩専門誌『詩苑』を創刊した純粋抒情詩人で、わが民族の情と恨みを詠った民族詩人である。
近代化の過程で家屋が改良され、伝統的な村の雰囲気が消えているが、今までも村の真ん中に位置した壮大な44間の瓦の家が古風で、映画の過去の歴史を代弁しているこの古宅が一島・吳熙秉(オ ヒビョン、1901〜1946)の生家である。 村には歴史的な古宅の情趣にふさわしいブックカフェと詩人の「夕焼け」詩碑がある小公園が設けられている。生家の周辺には天然記念物のコノテガシワ樹林が群落を成している。切り立った岩山の裾のコノテガシワ樹林と、その下を流れる半辺川(バンビョンチョン)。美しいチムビョク公園が調和して一幅の絵を演出する。ゆっくりと歩きながら甘川村詩人の公園にしばらく止まって、村の前にあるコノテガシワ樹林の向こうの夕焼けを鑑賞してみよう。

  • 吳一島の生家
  • 詩公園
  • 吳一島詩碑 - 夕焼け
  • 吳一島詩碑 - 地下の月