沿革

沿革
新羅時代 初期 「古隱」、末期 「英陽」
高麗時代 1018年( 顯宗9年) 禮州府(寧海)に所属1179年(明宗9年) 英陽縣を新設、別名は益陽という。
朝鮮時代 1413年(太宗13年) 寧海府に所属1683年(肅宗9年) 英陽縣に復帰1895年 英陽郡に改称
1914 年 眞寶縣の立岩面、 石保面が本郡に内属(6つの面)
1963.1.1 蔚珍郡温井面本新里が首比面に編入
1979.5.1 英陽面が英陽邑に昇格
1987.1.1  石保面ヤング洞、首比面キサン洞が英陽邑に編入 立岩面バンジョン洞の一部が石保面に編入 石保面北渓洞を玉渓洞に名称を変更 英陽邑 西部2洞を西部2洞と西部4洞に分ける
1988.5.1 「洞」を「里」に名称変更
1994.12.26 蔚珍郡西面王避里の一部が本郡の首比面新岩里に編入